馬場一郎さんのちょっといい話
2026年1月発行/第126号
コープこうべ理事長・コープともしびボランティア振興財団理事長・
社会福祉法人イエス団常務理事 賀川記念館館長
明治時代、賀川豊彦が蒔いた
友愛の種が社会にボランティアを
根づかせました

馬場一郎さん(はばいちろうさん)
大学卒業後、銀行に就職。1984年神戸YMCAに転職。野外活動、進学教育、会員活動等を担当。2003年賀川豊彦が設立した社会福祉法人・学校法人イエス団に転職。事務局長を経て保育園園長、児童館館長、隣保館館長等を歴任。現在は社会福祉法人・学校法人イエス団常務理事、地域福祉事業・福祉教育事業を行う賀川記念館館長と生活協同組合コープこうべ理事長としての役割を担う。地域福祉という分野からみたコープこうべの働きを考えたい。
「社会福祉との関わりは意外と遅かったんです」とにこやかに語る馬場一郎さん。銀行マンから一転、青少年育成や進学指導、保育園事業等に邁進されながらも、積み上げたキャリアをきっぱり手放し、社会福祉活動に専念。どの現場でも周囲に愛情を注ぎ、バツグンの行動力を発揮された馬場さん、人間味あふれるお話はとても興味深いものでした。
社会福祉へと導かれた
人生のめぐり合わせ
私は大学で経済学部を専攻し、銀行に就職しましたが2年でリタイア。銀行はお金を扱うところなので、お金を媒介に人と接するとはいえ、それが肌に合わなかったんです。たまたま新聞で神戸YMCAの求人情報を見つけ、無人島のキャンプ場で働くことになりました。野外活動の指導はおもしろそうだし、何よりキャンプという言葉にワクワクしました(笑)。実際、体を動かし、子どもたちと真正面に向き合う仕事だったので楽しかったですよ。その後、予備校に異動し、クラス担任として学生たちのお世話や進路相談を10年間担当しました。さぼりがちの生徒や隠れて喫煙するやんちゃもいたので、生活指導にも力を入れましたね。
阪神・淡路大震災に遭ったのは西宮YMCA時代です。ここの施設が東から歩いてこられるボランティアさんの拠点となり、災害支援活動でごった返しましたが、当時の私は施設の経営難をどう乗り切るかで頭を痛めていました。震災後、西宮市が多くの保育園待機児童を抱えていることを知り、すぐさま市の子育て事業部に駆けつけました。保育園が足りないなら、うちで作りましょうというわけで保育事業に手を挙げたのです。これが福祉との最初の出会いです。保育園の設立を見届けたのち、人生の後半を社会福祉法人イエス団で働くことに決めたのです。
イエス団とは、コープこうべの生みの親である賀川豊彦が1909年、スラム化していた地区に移り住み、仲間とともに立ち上げた社会福祉団体のこと。現在、関西を中心に保育園や障がい者施設、高齢者施設など、幅広い社会福祉事業を手がけています。私は45歳で再スタートという大胆な行動をしましたが、これからどう生きていこうか、多少の不安もありました。そんな矢先、高卒や大卒の新入職員に交じり、2泊3日の新人研修を受けたのですが、最終プログラムでマイミッション(使命や目標)をカードに書くという課題が与えられました。私は一言、『私は変わる』と書きました。イエス団憲章には「最微者(いと小さき者)に仕える」という一文があり、YMCA時代から共感していた聖書の教えですが、これこそ自分の目指す道と確信し、そうあるために私は変わろうと思ったのです。過去、受洗の機会はあったものの、組織内の昇進と天秤にかけるようで気が進まなかったのですが、迷いが吹っ切れました。クリスチャンになったのもこの頃です。
誰も取りこぼさない
地域福祉の実現を
賀川は法律や制度もまだない時代、目の前で苦しんでいる人をどう助けたらいいかに集中し、救貧ではなく防貧の観点からさまざまな社会事業を興しました。現在、私たちも法律に規定された事業を手がけつつ、法律や制度では救えない人たちに何ができるかをつねに考え、地域福祉につなげることを大切なコンセプトとしています。そのような発想から生まれた取り組みに、集団生活になじめない子どものための児童発達支援事業[くっく]や外国にルーツを持つ子どものための学習支援教室[はいず]、学校に行きにくい子どもの支援[くじらぐも]などがあります。公的補助金の出ない部分は助成金や寄付金に頼り、多くのボランティアさんの支えが力強い助けとなっています。ともしび財団が助成している市民グループにも制度からはみ出た人たちに支援を行う団体があり、そのような活動を支えるともしび財団の存在はとても有意義なものだと改めて思います。
1995年は日本のボランティア元年といわれ、ともしび財団は阪神・淡路大震災をきっかけに設立された団体ですが、この年にいきなり人々がボランティア活動にめざめたわけではありません。賀川が神戸に入った1909年に友愛の種が蒔かれ、それが1962年から始まったボランティア活動の「ともしびグループ」に引き継がれ、ともしび財団という揺るぎない組織へと発展しました。ともしび財団はボランティアの灯を絶やすことなく守り続けてきた、愛と協同の結晶ともいえます。
やさしさと思いやりに満ちた地域社会、みなさんで作っていきましょう。

