山添令子さんのちょっといい話

2016年4月7日投稿

コープともしびボランティア振興財団専務理事・コープこうべ常務理事
山添令子さんのちょっといい話

生活者としての組合員の感性はすばらしい!
共に豊かな地域づくりに貢献したい

1507山添常務理事写真

山添 令子さん (やまぞえ・れいこ) 1955年生まれ、滋賀県出身。1981年創立60周年の年にコープこうべに入所。広報室、生活文化センターの研究部門(当時)、講座部門担当を経て、1987年から大阪北生協(現在の大阪北地区)に出向し10年半組合員活動にたずさわる。その後コープこうべで機関運営および福祉・ボランティアや生活文化活動を担当。2009年からコープこうべ常勤理事。2013年からともしび財団の専務理事。

「小学校の帰り道、野山を探検したくて3日と同じルートを歩かなかったんですよ」。今も変わらぬ探求心と行動力で、コープこうべの地区活動や当財団の運営に力を注ぐ山添令子さん。組合員活動にかける思いや財団の展望についてお聞きしました。

組合員とともに歩んだ
生活文化活動の日々

滋賀県高島郡(現・高島市)の農村地帯の出身で、生家は檀家が60軒ほどの小さなお寺です。田舎のお寺はよろず相談所のようなもので、借金問題から夫婦喧嘩の仲裁まであらゆる相談が持ち込まれたり、お参りなどで人々が集い語らうところ。今でいう居場所がすぐ近くにあったんです。プライバシーのない生活は苦痛でしたが(笑)、そのような成育環境がいろいろな物事を受け止める視点を育んだのでしょう。私が生協を職場に選んだのは母親の影響が大きいですね。そのころの琵琶湖は水質汚染がひどく、洗剤問題に熱心に取り組む母を見て、女性の活動を支援したいという思いが募りました。生協には生活文化を応援する活動があると聞き、入所を決意したんです。

広報室に在籍した後、コープこうべの60周年記念事業である生活文化センターの設立準備室に異動しました。当時、コープこうべでは20ほどの生活文化講座が行われていましたが、センターは100講座を目標に、企画や広報活動に走り回っていました。その後担当した生活提案情報誌[Vita]ではおもしろい経験をしましたね。職員と組合員女性(公募)による編集チームで制作していたんですが、フラットな関係で議論するため、特集の切り口がどんどん変わり、誰の意見でもない斬新なものに進化していく。「家族ってなに」「子どもを預けること」とか、少々固いテーマでしたが読者の反響は大きかったですね。1+1が3以上の価値を生み出すことや生活者としての組合員の感性の豊かさに驚きました。

ともしび財団の活動は
人的資源の発掘に寄与する

コープこうべ組合員活動のひとつに、高齢者中心の地域の仲間づくりの場[コープふれあいサロン]があります。阪神・淡路大震災の被災者支援活動として当時は仮設住宅で自然発生的に高齢者のつどいの場が作られましたが、仮設に限らず、どこの地域にもあってほしいもの。そのような願いをキャッチしたのがつどいの場でボランティア活動に従事していた組合員です。組合員らの実感が後押しとなり、2000年から地域の高齢者が集うサロンのような場づくりを、コープこうべが支援することになりました。2年間で30か所が立ちあがり、現在54か所でふれあいサロンを開設しています。

姫路のサロンでは〝最近の楽しい出来事〟を順番に語った際、カメラ撮影が話題になり、「僕、長いこと撮られていない」というつぶやきから、次回のサロンで大撮影会を開催。みんなで撮りあいをして盛り上がり、作ったアルバムも大好評だったそうです。別のサロンでは「老人ホームに関心があるが一人で行けない」という参加者の声を聞き、老人施設の見学ツアーを行いました。潜在的な高齢者のニーズを嗅ぎつけ、具現化と共感の輪を広げたボランティアの力はすごい! これからも地域の人たちの多様な思いを受けとめることができるサロンやつどいの場を創り出す応援をしていきたいと思います。

コープこうべは裾野の広い組合員組織で、その中にはまだまだいろいろな力が眠っているはず。先駆的な取り組みや外部団体とつながりを持つともしび財団が、コープこうべに眠っている人的な資源を掘り起こし、それが結果として組合員や地域に還元されるのではないでしょうか。そのような役割も期待したいですね。

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