松田道子さんのちょっといい話

神戸YMCA学院専門学校 校長、国際・奉仕センター所長

違う分野の活動者と出会うのは
広い見識が学べるチャンスです。

公益財団法人神戸Y M C A 常勤理事。 CODE海外災害援助支援センター理事。 特定非営利活動法人開発教育協会 /DEAR大阪運営委員。神戸出身。1985年 より神戸YMCAのボランティア活動に参 加し、2000年から3年間タイのチェンマ イYMCAに勤務後、2004年に神戸YMCA に入職。灘購買組合文化部聖書研究会か ら生まれた日本基督教団東神戸教会に 所属。2017年からともしび財団理事。

「洋行帰りのスーツケースには外国のキラキラがいっぱい詰まっていた」とにこやかに語る松田道子さん。好奇心旺盛で行動的な性格が人材育成や世界の課題に取り組む、現在のポジションに導いたといえます。これまでの生き方や活動に対する信念、当財団への期待についてお聞きました。

トライする勇気があれば
自分も世界も変わっていく

私は水道筋商店街(灘区)で菓子店を営む大家族の中で育ちました。ここは地域コミュニティがしっかりあるところで、「昔から助け合って生きてきた」という話を周りからよく聞かされたものです。
そのような環境が人と分かち合って生きることへの関心につながったと思います。また、仕事をリタイアした祖母は海外で暮らす家族に度々会いに行っていました。洋行帰りの祖母のスーツケースには外国のお土産が詰まっていて、開ける瞬間はワクワクドキドキ。知らない文化に触れる喜びや感動をそのときに培った気がします。
大学生のとき、神戸YMCAのユースボランティアリーダーになりました。きっかけは偶然で、リーダーをやっている高校の先輩が、片っ端から体育会系の後輩に声をかけ、素直な私は「はい、やります!」。人とともに成長するというYMCAのビジョンに共感したのと元気もあり余っていたんです(笑)。大学卒業後は一旦家業を継ぎましたが、日本語教師になりたくて神戸YWCA学院専門学校に進学。卒業後そこの教員となり、女性の自立や人権問題など多くの活動を経験しました。
その一方、海外に行きたい夢もあり、諦めずにいたらチャンス到来。神戸YMCAとパートナー関係のタイ・チェンマイYMCAランゲージセンターに職員枠があり、そこに送りだしてもらえたんです。
元灘購買組合(現コープこうべ)の職員で、当時神戸YMCAの顧問だった今井鎮雄さんから「小さな種を蒔きなさい。それを育てる努力をしなさい」というはなむけの言葉を頂き、全力でやろうと強く心に誓いました。
タイの3年間は異文化に戸惑いながらも充実の毎日で、日本語教育や子どもの英語教育の他、タイ北部の農村部の課題に対するプログラムにも関わりました。エイズやストリートチルドレン、障がいを持つ子どもの支援等で、その活動を見学する海外グループのアテンドもやりました。当初、住居と食事の提供のみという心細い生活でしたが、途中から現地雇用となり、「あなたの給与はいくらになるか計算しなさい」と言われました。「活動」か「労働」か、プロ意識を持ってやっているか、非常に悩みましたね。帰国後、神戸YMCAの職員になり、初めての給料日になんとチェンマイから送金が! それはタイ時代の私の仕事に評価してくれた金額らしく、人として大切に扱ってくれたことに非常に感激しました。このことは私の心の支え。トライする勇気を次世代に伝えたいと思いました。

学生のボランティア活動を
学校をあげて積極的に応援

神戸YMCA学院専門学校はホテル学科と日本語学科が併設されており、ホテル学科は日本のホテルやツーリズム業界を志望する留学生が約3割、日本語学科には外国人学生が20カ国約170名います。
異文化交流のようなキャンパスで学生たちは国際性と人間性を身に付けています。とりわけ私たちは人間形成に力を注いでおり、そのひとつが学校の運営母体である神戸YMCAが行うボランティア活動への参加です。ボランティアコーディネーターを支え、新しい分野を開拓するのが今の私の役割です。また、国際・奉仕センターは国際・地域ボランティアのコーディネートや派遣育成を実施。災害関係では全国35か所のYMCAのうち、いつも神戸の動きは早いと言われます。そのスピード感は東日本大震災や熊本大地震の現地に出向いた際、神戸を拠点に活動する人たちと多く出会ったことにも感じました。
ともしび財団が主催する「市民活動交流会」では地域の課題に取り組む人たちが大勢参加されていますね。あのパワーはすごいなと大変勇気づけられました。違う分野の活動者と出会うのは広い見識が学べるチャンス。お互いの気づきの場になればとも思います。これからも多くの人を巻き込んで、つながり、広がる財団として大いに期待しています。

 

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