小川雅由さんのちょっといい話

特定非営利活動法人こども環境活動支援協会(LEAF)理事

学び合いの精神で市民が主体的に動く持続可能な地域づくり

1972年西宮市役所入所。92年環境省こどもエコクラブ事業(95年スタート)の基本モデルとなる地球ウォッチングクラブ(EWC)事業を開始。98年「こども環境活動支援協会(LEAF)」の発足に携わる。2003年西宮市環境都市推進グループ課長着任。同年12月「環境学習都市宣言」を行う。06年3月西宮市退職、現在理事として環境学習を通じた持続可能なまちづくりを提唱。ともしび財団理事。

市民・事業者・行政の協働で設立された[こども環境活動支援協会(LEAF)]の立ち上げに尽力し、今なお現場で活躍中の小川雅由さんに環境学習に対する思いや当財団への期待についてお聞きしました。

市職員時代に学んだ
人権と環境の大切さ

私は元西宮市役所の職員で、各課を担当しながら2度のターニングポイントを経験しました。支所において在日外国人の登録業務に従事していた頃、指紋押捺制度が問題視され、各地で指紋押捺拒否運動が盛んに行われていました。担当者として彼らの人権とどう向き合うべきか、資料を読みあさり、現場の声を法廷で述べることもありました。地域住民の人権に関わることに自治体の職員が目をつぶっていてはいけないということを学び、その後に配属されたのが環境局でした。これが2つ目の転換期です。
1984年環境局に異動した頃は、近隣市が熱心に環境問題に取り組んでいるのに対し、西宮市はそうでもなく、温度差に愕然としました。しかし過去にはこんな歴史がありました。高度経済成長の幕開けとなる1960年代、ここ阪神間も工業化のあおりを受け、西宮の浜に石油コンビナートを造る計画が進んでいましたが、地域住民と酒造会社を中心に環境保全運動が一気に盛り上がりました。住宅都市か、工業のまちへ転換するのか、市を二分した大論争が繰り広げられ、計画が白紙撤廃されたのです。西宮市は文化と教育と住宅のまちをめざすということで1963年に文教住宅都市宣言を採択。豊かな自然が残る西宮市の礎は当時の熱い思いが下敷きになっています。しかし、これらの取り組みについては、しっかりと引き継がれていた訳ではありません。過去・現在・未来から「学ぶ力」をつけることこそが、環境問題を理解し解決することにつながるとの考えから、2003年に市民・事業者・行政の参画と協働により全国初の環境学習都市宣言と5つの行動憲章(学びあい・循環・参画協働・共生・ネットワーク)が制定されました。

二足のわらじに限界
持続可能な組織と活動を

環境局では市民自然調査など市民を巻き込んだ形の啓発活動をやり、それが結構ヒットしたので、地球ウォッチングクラブ(EWC)という継続的に子どもから大人までが環境学習できるシステムを作りました。このシステムを環境省が全国展開したいといい、誕生したのがこどもエコクラブ事業です。環境学習の取り組みを行政の枠にとどめず、普遍的に子どもたちを支援する力にしていこうと各界の協力のもと、市役所が呼びかけ人となりLEAFを設立。行政が任意団体(当時)の設立に関わったのは異例とはいえ、お金も人の支援もなく、役所内に机がひとつあるだけ。経費や人件費を自分たちで稼がないといけないので、市外に行くときは休暇をとって活動しました。しかし二足のわらじには限界があり、活動の継続とスタッフが食べていける道筋を作らないと無責任なので、役所を辞め、1年後に専任職員に。LEAFは子どもたちが持続可能な社会の担い手として成長するのに必要な事業を市民団体や企業、行政の橋渡し役として地域や学校で実施しています。
現在はJICA(国際協力機構)の研修や草の根事業に携わるとともに西宮市立甲山自然環境センター長として、宿泊施設の運営や都市型里山の整備、今年から福祉団体と一緒にソーシャルファーム作りも始めています。

市民運動的な
ダイナミックな視点を

ともしび財団はコープこうべの組合員を主たる出資者として地域づくりを実践しているという意味では、もっとコープ色を出していいのではないかと思います。コープこうべの原点でもある「愛と協同」という理念に立ち返ったとき、財団が支援する活動対象について福祉や環境保全、食・農、貧困など様々な地域課題の中から、市民運動的なダイナミックな視点も入れ、時代に応じた取捨選択を行うなど、しっかりした戦略を持つ必要があるのではと感じています。

 

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