中山光子さんのちょっといい話

認定NPO法人宝塚NPOセンター事務局長

 

自分のまちをよくしたいという思いが社会貢献活動のきっかけになりました。

写真:中山さん

認定NPO法人宝塚NPOセンター事務局長。東京都出身。パートナーの転勤に伴い新潟県、埼玉県に住み、1996年より兵庫県宝塚市に。2001年から9年間生活協同組合コープこうべ本部ボランティアコーディネーターとして勤務。NPO支援の初代担当者を経て、宝塚市第5次総合計画策定担当として宝塚NPOセンターへ。2010年から事務局長に就任。

 

宝塚を中心にNPO団体の中間支援や若者・女性の就労サポート、地域の居場所づくりなど、市民が協働しあう空間や支え合う広場づくりに取り組んでいる中山光子さんに、生きざまやNPO支援のこと、当財団への期待についてお聞きしました。

無縁だったボランティアに触れ深い感動を味わった

宝塚にやってきたのは阪神・淡路大震災の翌年のこと。屋根のブルーシートや公園の仮設住宅を見て、まだこんな状態だったの…と衝撃を受けました。しかし私はボランティアとは関わりのない人生だったので、よそ事のような感覚でした。やがて子どもの手が離れ、コープこうべのメイトに。配属された地区活動本部ではコープサークルやくらしの助け合いの会などを支援する業務を担いました。仕事を通じてですが、ボランティアについてよく知ることができ、社会貢献に取り組む人たちに深く感動しました。NPOについても学ぶ機会があり、活動内容はボランタリーだけど持続可能なためにお金を回す仕組みに強い関心を持ちました。ヨガ教室で宝塚NPOセンターの前事務局長と知り合ったのがご縁で、48歳のときセンターの職員に。ずっと宝塚に住むつもりだったので、このまちをよくしたいという思いがあったんです。偶然中学時代の恩師からいただいた手紙に「40代をどう生きるかであなたの人生が変わる」とあり、気持ちが固まりました。40歳でコープと関わることで道が開かれ、今の自分があるんだなと思いましたね

就労支援というもうひとつの社会参加に力を注ぐ

宝塚NPOセンターは、課題解決に取り組むNPOやコミュニティビジネスなど、地域を元気にしたい人を応援することで、市民参加の場とやりがいの創出をめざしています。たとえば福祉園芸によるまちづくりを実践する活動や地域ぐるみで学童保育を担う子育て支援などは、市民の気づきや思いが形になったもの。私たちはこのようなNPOの中間支援組織として[市民活動の交差点]をめざす一方、就労支援という仕事を通じた社会参加にも力を
入れています。私が事務局長になってから、地域の事業者さんや地縁団体の力を借りながら就労部門に力を
入れました。その結果として、兵庫県で4番目の地域若者サポートステーション(厚生労働省受託事業)を宝塚に設立。年間100人近い若者の就職が決定するほか、生活困窮者の就労サポートや女性の就職講座など
にも取り組んでいます。

自分の言葉で活動の本質を問い直してほしい

今NPOの解散が増えているのをご存じでしょうか。組織に若い人が入らないので、代替わりができず解散する。またNPOは毎年書類を提出する義務がありますが、高齢化等の理由でそれができず、任意団体に戻って活動を継続する。そういうケースも多くなっています。組織の形にこだわらなければ、任意団体もあり、だと思います。その団体が活動しやすい形があるはずですから。NPOは書類さえ整えば作ることができますが、本当にNPOでいいのか、私たちはその問題を考えています。もしあなたがNPOの設立を検討しているとして、「誰をハッピー
にしたい?」「今動かなかったらこの地域はどうなる?」という質問に、自分の言葉で活動の本質を語ることができるか、考えてみてください。そのことを通じて、自分たちと社会のあり方を考えることになります。社会の変化に伴い、昔では思いつかないような問題に取り組む団体が出始めています。そのような団体にもきめ細かな対応をすることは、ともしび財団と財団を応援している方々が社会を動かすことになります。大いに期待しています。

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