井上はねこさんのちょっといい話
2009年1月発行/第58号
神戸大学大学院発達科学部人間発達環境学研究科専攻
井上はねこさんのちょっといい話
コミュニケーション教育のカリキュラムを研究・提案していきたい
グローバル社会に生きる現代人に必要なコミュニケーション力。日本の教育課程から抜け落ちているコミュニケーション教育のゆくえが気になります。2008年度の当財団の調査研究助成を受け、調査研究中の井上はねこさんにお話を伺いました。

フリー編集者。コミュニケーションとメディアリテラシー研究室主宰。国家公務員、出版社勤務を経て独立。企画・編集・執筆の仕事と並行して、西日本各地で編集・文章講座、メディア・リテラシー講座、女性問題講座等々の講師をつとめる。1996年「大阪市きらめき賞」を受賞。著書に『女性にやさしいインターネットの本』(CQ出版社)ほか。
コミュニケーションがとれない
70~80年代、私は女性運動に熱心に関わっていましたが、仲間の生き方の問題を指摘したり、相手を問い詰めるやり方にしんどさを感じていました。そのときの反省があって、編集者学校の運営に携わるとき、本人の可能性を引っぱり出すような講座にしようと思ったんです。生徒をかなり挑発したようですが、私自身すごくおもしろかったし、多くの受講生の成長を見ることができました。
「異変」を感じたのは90年代後半です。若い世代とのコミュニケーションに齟齬を感じるようになりました。たとえば編集者学校はプロを養成するところなので、原稿の添削が厳しく、朱がいっぱい入るのは当たり前のこと。しかし、ある受講生は真っ赤になった原稿を手にして「カルチャーセンターでは上手と褒められた」と涙をポロポロ流す始末で「カルチャーセンターではあなたはお客さんだから褒めて当然。プロになりたいならもっと勉強を」と言うと、翌週から来なくなりました。
また別の受講生は、編集制作会社の職場見学に行ったのですが、なんと一日中張り付いていたそうで、そこの社長さんから仕事ができないと苦情が来ました。社会人の常識を注意すると「お母さんだって、そんなに怒らない」と泣いて訴えたり…。彼らは学生か20代のフリーターです。そのような「異変」に次々遭遇し、何が原因なのか調べてみたいと思いました。それが今の研究に至ったきっかけです。
問題は教育課程にありき
私は日本語教師の資格をもっていますが、日本語は主張する、訴える、論理的に説明するにはあまりふさわしくない言語といえます。日本の文化には以心伝心、言わぬが花という風潮もあり、はっきり表現することを避けますね。
それと少子化の影響か、子どもに目が行き届きすぎて、親は子どもの要求を聞かずに先回りしているように思います。子どもは周囲がお膳立てしてくれるのが当たり前と思い、待ちの姿勢になってしまう。このような環境では表現する力やコミュニケーション能力が身につきません。結果、語彙が少なく単語しか言わない、あるいは相手と対話のできない子どもが増えてきたのではないでしょうか。
ヘンだと感じた現象をもっと調べていくと、学校でのコミュニケーション教育の欠如が原因ではないかという仮定に行きつきました。欧米では小さい頃から自分の考えを発表し、お互いの意見を話し合うという経験を積み重ねます。自分の意見を受け止めてもらうことは自尊感情につながり、なにより楽しく気持ちのいいものです。このようなコミュニケーション教育が世界中で普通に行われているのです。
しかし日本の国語教育は世界的に見ても特殊で、漢字の読み書き、文学作品を題材に読解力を高めるなどが大半で、コミュニケーション教育にあたるものは見当たりません。基本的なコミュニケーション力が欠如すると、自分の意見を話せない、説明できない、人の話が聞けない、つまり対話ができなくなるのです。
メディアリテラシーも視野に
私のもう一つの研究テーマはメディアリテラシーで、コミュニケーション教育と深い関係があります。メディアリテラシーとはメディアを読み解くだけでなく、メディアとの付き合い方、自分自身を編集する能力を意味します。ニュースを取捨選択・加工する編集作業はテレビや雑誌に関わる人たちだけの特権ではなく、私たちも普段の生活で実践しています。
たとえば昨日の出来事を話すとき、時系列にすべて話すのではなく、かいつまんで要点をまとめますね。これが編集作業です。
携帯の小さい画面に文字を打つにも文章力が必要で、結局コミュニケーション力がないといい関係が結べません。どんなに新しいメディアであっても、使いこなすには言葉と文章が必要なのです。
メディアの向こう側には必ず人間がいます。この事実を認識し、身の回りにあるメディアとの付き合い方、およびそのためのコミュニケーション力を身につけさせる指導を、ぜひ義務教育でやってほしい。私はメディアリテラシーとコミュニケーション教育についてカリキュラムを開発し、学校現場で実践するとともに、コミュニケーション教育指導の人材育成もやっていきたいと思っています。
関連ページ
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