坂西卓郎さんのちょっといい話

2016年7月1日投稿

公益財団法人PHD協会事務局長
坂西卓郎さんのちょっといい話

共に生きる社会をアジアの人たちと創造
豊かな暮らしのありかたを考えませんか

坂西さんプロフィール写真

坂西 卓郎さん (さかにし・たくろう) 神戸生まれ。大阪YMCA国際専門学校を卒業後、貿易商社を経て、フェアトレード団体にて活動。その後、壁にぶつかり、熊本県水俣市で水俣病患者の支援活動や地域づくりに携わる。2009年に帰神後は参加型開発研究所などでJICA研修に関わり、2010年にPHD協会に研修担当として入職、2012年に事務局長に就任。現在に至る。共著『水俣50年 ひろがる「水俣」の思い』など。

 

自力では来られないアジアの青年を日本に招き、村づくりに役立つ研修を行うPHD協会。受け入れる日本の人々も彼らの真摯な生きざまに多くのことを学ぶようです。当財団の理事でもある坂西卓郎さんに国際ボランティアにかける思いや財団への期待についてお聞きしました。

震災で実感した
地域とつながる大切さ

僕の活動の原点は阪神・淡路大震災です。自宅が壊れ、瓦礫と化した町に呆然としながらも、炊き出しや片づけの手伝いをしているうちに地域の人たちと一緒に活動する楽しさみたいなものを感じました。地元で生まれ育ったものの、隣近所のことはあまり知らなかったんです。ボランティアに興味を覚え始めたとき、高校の生徒会活動でユニセフと関わり、世界の大勢の子どもたちが戦争や貧困で亡くなる現実にショックを受けました。この実態をなんとかしたいと思い、進学した専門学校では国際ボランティアコースを専攻。卒業してすぐにその方面の仕事をしたかったんですが、実践的な英語に慣れるため貿易関係の会社に就職し、その後少しずつNGO(*1)の仕事に近づいていきました。PHDとは国内研修生としてお世話になったいきさつがあり、現在は職員として全体運営に関わっています。
過去の国際協力を振りかえると、現地に箱モノ(学校や病院)を建設したり、最新鋭の機械を導入してもそれらが全然使われないなど、モノや金の一時的な援助ではうまくいかない事例が数多くありました。PHDはそのようなやり方とは一線を画し、岩村昇医師が村づくりのための人材育成に力を注ぐことを提唱し、1981年に設立。毎年アジア・南太平洋の村から青年を招き、農業や保健衛生、地域組織化等について1年間研修してもらう事業を35年間続けています。

アジアの人たちとの交流に
共生社会の温かさを知る

研修は主に農業・保健衛生などのテーマで行います。農業の研修は、アジアのどこの地域でもやっていた昔ながらの持続可能な有機農業を日本の指導者から学びます。アジア一帯は、19
60年代以降、食糧問題を解決する「緑の革命」で、品種改良や農薬、化学肥料を使う農法に変わりました。その結果、農薬を大量に使うことで農業従事者が健康を害したり、在来種とは違い毎年種を購入しなくてはならない仕組みが経済的負担を大きくしている現状があります。また、保健衛生の研修では甘いお菓子が入ってきたことで増えた虫歯など、現地の医療知識をベースにしながら、近代的な病気の対策について学びます。
研修生は日本のお宅にホームステイし、そこから農家や保健センター、病院等に出向いて学習します。日本語の特訓も受けているので、交流会などで語ってもらう機会を設けています。先日、ある研修生は「日本の都会で1年間ホームステイしたが、隣近所とあまり話すことなく終わってしまった。自分の村なら1か月あれば全員と顔を合わせ、話ができる。当たり前に思っていた付き合いや助け合いが実はすごくいいものだと気づいた」と語りました。彼らの素朴な感想は日本の若者には新鮮に映るようで、このようなアジアの人たちとの交流は日本の人々に日々の生活を見つめ直すきっかけを与えてくれます。
平和と健康を担う人づくりは時間のかかる地味な活動ですが、確実に村の課題解決に結びついています。昨年は新プロジェクトとしてインドネシアの研修生による「牛銀行」(*2)もスタートしました。ともしび財団が行う市民活動助成も、市民力を底上げするための人づくりだと思います。ボランティアを実践する人々の熱量をこれからも活かしてほしいものです。

*1開発・環境・貧困・平和などの世界的な問題を非営利、非政府の立場から取り組む団体。 *2農民に牛の購入資金を融資し、育てた後に売却し収入向上をはかるプロジェクト。

3人の研修生と坂西さん

3人の研修生と坂西さん

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